されどロックな日々 - ANNEX

「されどロックな日々」、別館 (ANNEX) でございます (^^)

防災を意識するようになったら、アマチュア無線を再開していた

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中学のとき、凝りに凝った、アマチュア無線(通称“ハム”)。

張り切って『電話級』(当時)、『電信級』(当時)、『2級』の免許を立て続けに取り、もちろん学校ではアマチュア無線部に所属。
自作のラジオはもちろん、ブースターアンプやらパワーアンプを作って喜んでいた。
文化祭のときなど、モールス信号による交信風景を、得意げに公開していたものだ。

とはいえ。
校内からは「無線に凝ってる暗いヲタ集団」という感じのレッテルを張られていたのも事実。

ま、そんなの全然気にしてなかったっていうか、ど~でも良かったって感じでw

 

中3の後半になってから少しく色気付き始め、うっすらと、しかし確実に興味を持ちだした音楽に凌駕されるような形で、僕の中からハムに対する情熱は急速に冷めて行き。

もちろん「1級の免許を取る!」などという熱意も消失して行った。

ロックギタリストに憧れるようになっていた当時の少年にとっては、忘れ去りたい、消し去りたい過去になっていたのである。

以後。
アマチュア無線というのは自分史の中で『黒歴史』と化して行った。

が、しかし。
それから、ン十年後。
2011年3月。
かの大震災が東北を襲い。
防災活動の陰で活躍していたのがハムだと知り。

そういえばオイラも免許持ってたな~。
地震が来て固定電話はもちろん、ケータイやらネットもダウンしたとしたら……。

単純にバッテリーが切れるってことだってあるじゃん、携帯機器って消費電力小さくないし。

 

なんて考えていたら、「そうだ再開してみよう、アマチュア無線」となったのであった。

その昔、中3のころ使っていた自分のコールサインはまだ生きているのだろうか。
日本アマチュア無線連盟(JARL)に問い合わせてみたら、オーケーとのこと。

早速申請。

総務省は関東総合通信局に。

 

待つこと、1か月少々、コールが下りたところで秋葉原へ行き、無線機やらアンテナを買い込み、無事開局。
とりあえず在宅時、歩行中、クルマの中で緊急対応として通信できる環境を作っておいた。

 

また、念のため、自分が住んでいる自治体の防災計画なども読む。
しっかりあった。
災害時における「情報収集の協力に関する協定」なるものが存在し、そこにアマチュア無線との協力をどのように遂行して行くかということが微に入り細を穿って規定してあった。

ええ、ええ。
ご協力申し上げましょう、喜んで。

 

んで。
今回の熊本の地震
未だに大きな余震が続いているのが非常に不気味。
関東へ波及する可能性も否定できないとか何とか物騒な議論もなされているようだし、実に恐ろしい。

 

僕がアマチュア無線でアクティブに活動するとしたら、それはつまり災害が発生したときとイコールに近くなるわけで、その意味では僕がアマチュア無線を積極的に使うような事態にはならないほうがベターということになる。

 

しかし。
かつては“King of Hobby”なんて呼ばれていた時期もあるわけだし、防災目的以外でも楽しむことができたらとは思うのである。

 

東日本大震災までは黒歴史ってことで封印してきたアマチュア無線歴ながら、これからは静かに、いわゆる“マイブーム”になって行けばと考える次第。

いわば、自分にとって、黒歴史から白歴史、または黄金の歴史になる、実に歴史的転換(?)みたいなw

L.R. Baggs の Gigpro すげえの話

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L.R. Baggs の Gigpro すげえの話

 

エレキギター歴はそれなりに長いものの、アコースティックギターを集中的に弾くようになったのは2013年2月から。
2015年1月からは、ウクレレにも手を出しw

 

んでもって、まあ、弾き語りでライヴとかにも出るようになったのだけれども、エレアコやエレウクをラインで鳴らすと、どうしても気になってしまうことがある。

 

あれである。
そう。
あれ。
つまり、典型的というか。
いかにもピックアップで拾ったふうの、ペナペナでやせ細った音。
あれが気になって気になって。

 

エレキに比べると、アコギの音作りは非常に微妙というか、かな~り難しい。
まあ、エレキ用のエフェクターは長年使っているせいもあり、単に使い慣れているだけかもしれないが。

 

ペナペナサウンドのソリューションとして、プリアンプを付ければ良いとは思っていた。
しかし。
昨今の世の中においては、なかなか複雑なのである。
色々と種類が多く、しかもコントロールツマミとかジャックとかがたくさん付いているモデルが多くて、勢い操作が難しそう。

アコースティック初心者にとっては、なかなかに難しくなってしまう。

この際。

マンドクセーから単純なものにしときましょ。

 

ってことで、L.R. Baggs の Gigpro を購入してみたら、これが大当たり。
ガタイは小さい。
ベルトにクリップで付けられるし、シャツのポケットにもスッポリ収まる。
もちろん軽いし。
軽いといえば、何といっても僕のサイフであるが、この Gigpro さん、ネットでの市場価格が税込み1万円少々っていうのも非常に大変ありがたい。
そのくせ、とんでもなく「使える」のである。

 

何しろとにかく。
低音から高音に至るまで、音に『芯』が出来た感じ。
PAから出て来る音に厚みが出たというか。
アコギのハコ鳴りに近づいた音になった。
いかにもな、例のペナペナ音ではなくなったのである。

 

嬉!

 

色々と難しいファンクションが付いておらず。
当然ツマミ類の数もミニマムで、ひたすらユーザーフレンドリーなのである。

 

気を良くして、PCにインターフェイスをつなぎ、ソニーの ACID Music でレコーディングするときにも使ってみた。
そしたら、これまたイイ感じの仕上がりになった。

まずは、アコーステックとして演奏し胴鳴りさせて、その音をコンデンサーマイクで録る。
ここはひたすらオーソドックスに。

次に、別トラックで Gigpro をかませてPUからの音をライン録りする。
そしてそれをマイクで録った音に少しくブレンドする。
すると、あ~らびっくり。
かな~り僕の好みの音になった。
マイク録りした音と何が違うのかというと、高音の輪郭がよりハッキリする感じ。

 

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ライブハウスなどで、アコギやウクレレの音をライン取りするときには非常に重宝しそうな Gigpro さん。

ライヴのみならず、レコーディングでもしっかり働いてくれそうなイキフンの一品。

 

これから色々な場面で、登場回数が一気に増えることは確実なのでありました。

BABYMETAL が今後10年間以上は活躍し続けるであろう10の理由、その1



※(注)これは僕の想像、空想、妄想、連想、夢想などが全開になっている作文である。したがって、自分にとってすこぶる都合の良い解釈、曲解、仮説、思い込み、ロジックの飛躍(あるいは破綻)などに満ちており、正確性や客観性、フェアなものの見方や考え方などはもとより望むべくもなく、微塵も存在しない。




BABYMETAL が今後10年間以上は活躍し続けるであろう10の理由、その1

まさに掲題どおりなのだけれども。
BABYMETAL のウェンブリーにおける大舞台をLVで見て、僕は一つの確信を得た。
すなわち。
SU-METAL。
YUIMETAL。
MOAMETAL。
彼女たちは今後10年間。
あるいはそれ以上。
確実に活躍し続ける。
BABYMETAL として。

それについて、10個の理由を10回に分けて作文する。

内容的には:
・マクロファンダメンタルズw
・供給側(Supply side) 〜 ベビメタ、神バンド、制作チーム、マネジメントチーム
・需要側(Demand side) 〜 マーケット、ファン、ヘイター、メディア業界
などのそれぞれの観点から、なぜベビメタが長寿のグループになって行くかを10個の理由にまとめてみるという趣向である。

まずはプロローグから始めて、十の理由、んでもって、〆でエピローグ。
全10回。
(※ちゃんと10回、ほんとに続けろよ、お前 → まかしとかんかい)

んぢゃ、早速ではあるが、ぽっつらぽつらと作文してみたい。


【プロローグ】

「ベビメタ解散説」

時折り、ネットでまことしやかにささやかれる妙な噂がある。

「ベビメタはもうすぐ解散する」

という、あれである。

僕がベビメタにのめり込み、メイト(というか、より重病の真性ヲタ)になったのは2014年の3月であったが、爾来、何回も目にして来たお話である。
解散説の代わりにメンバーチェンジ説なんてのもあった。
かようなポストを見るたび、「んなアホな」と思いつつ、しかしその都度何となく心配になってしまい、つい真剣に読み込んだりしたものである。

この話題を口にするのは何も日本のメイトに限ったことではなく、海外のメイトの中にも、いかにもおどろおどろしい筆致で、最もらしく書く輩がいた。
何気にロジックがしっかりしていて説得力があったりして、僕自身、かなり心がざわついたりしたことがあったことは事実である。

いわく。
SSAの新春キツネ祭りで電撃的に発表される。
年末の横アリが最後だ。
すうが二十歳になった年末、2017年12月。
ゆいもあが二十歳になったとき、等々。

それぞれに、いかにもな理由が添えられていたりしたものだ。

僕がヲタになる以前だと「すうのさくら学院卒業でベビメタも終わり」なんて噂も出ていたらしい。

最近だと、9月の東京ドーム公演が最後だと『予言』するような書き込みも目にした記憶がある。

確かに、バンド名の中に『baby』という言葉があるわけだし、すでに活動が6年目に入っていることもあり、それっぽく書かれてしまうと、あながち説得力がないわけではない。

ティーンネイジャーであるからこそ成立する『“baby”メタル』であって、メンバーが二十歳を過ぎたらもう“baby”じゃないし、グループとして成立しない、みたいなことを書かれると、「んなこたねえべ」と思いつつ、「だけどもしかしたら」とかつい思ってしまうのである。

しかしである。
かようなトピックが語られる場合、往々にして背景に「ベビメタには解散して欲しくない!」という強い思いのようなものが見て取れることがある。
つまり、解散して欲しくないという意思の強さゆえ、逆にいずれは避け得ない解散という事態が気になって気になって仕方がない。
結果として「もうすぐ解散」説を語ってしまうという。

ときにパラドキシカル。
ときにアンビヴァレントでデリケートなファン心理というかw

他のファン、メイトさんたちから思い切り否定して欲しいという深層心理があるのかも……しれない。

あるいは、あまりにベビメタが急成長し、ニッチマーケットからマスマーケットに消費者が拡大して来たがゆえの『寂しさ』のようなものが、根底にあるようなケースもあろうか。

ま、いい。

とにかくである。
僕が思うに。
BABYMETAL は向こう10年以上、いやもっと先の先まで活動を続けることになる。

これは昨今のベビメタを取り巻く環境全般を見ながら薄々感じて来たことなのだが、先般のウェンブリー公演LVを見て、決定的に確信するに至った。


【理由、その1】

「恐るべき強運の持ち主 BABYMETAL」

ベビメタには、これまで多くの偶然や奇跡や運が味方してくれた例が多い。
まずもって、才能に恵まれた3人がこの世に生を受けたことが奇跡の発端であろう。
そして、その3人がタイミング良く出会ったこともそうであろうし、名馬に伯楽よろしく KOBAMETAL がいたこともそうであろうし、その他諸々、ミクロのレベルで数多くの逸話がある。

んでもって、今回。
マクロ、かつファンダメンタルというか、長期的見地から考えた場合なのであるが。

ベビメタはとてつもない強運の持ち主であると、改めて思うのである。

他でもない。
東京オリンピックである。

本年、2016年はオリンピックイヤーであり、現在のところ、ブラジルはリオデジャネイロに世界の注目が集まっている。
8月下旬には宴が終了するわけだが、その瞬間から世界の耳目が徐々に日本に注がれるようになることは必至であろう。
そして、それは2020年の東京オリンピックに向けて、時々刻々強まって行くのである。
4年間にわたって。

んでもって、ベビメタである。
2年前の世界ツアーに始まり今年に至るまで、すでに世界的な注目を集めているのは周知の事実。
その活動とまるでタイミングを符合させたかのように、近い将来。
世界的。
地球的。
全人類的な。
大イヴェントが、ベビメタの母国ニッポンはその首都、トーキョーで開催されるのである。

ベビメタは期せずして、その世界的な潮流、時流に乗ることができるのだ。

別に誰が画策したわけでもあるまい。
目論んだわけでもあるまい。

ベビメタ結成の2010年当時、2020年のオリンピックが東京で開催されるなどと考えていたベビメタ関係者はまずいなかっただろうし。

振り返ってみれば、2020年の五輪が東京で開催されることが決定したのは、3年前の秋だった。

もしかしたらではあるが。
その頃、つまり2013年の秋にはすでにベビメタのファーストが年明け、2014年の3月に出ることが決まっていただろうから、IOCによるオリンピックの東京開催決定を聞いて、少しく意識するようになった関係者はいたかもしれない。
また、2014年のワールドツアーの日程なども徐々に詰められていただろうから、それが頭の片隅によぎった関係者もいたやもしれぬ。

だが、2020年の五輪が東京に決定されたことと、ベビメタの活動には根本的に何らのつながりもなく、すべては「気づいてみれば」「結果として」偶然そうなっていたということに他ならない。
要するに、ベビメタの活動を、意識的にオリンピックにリンクさせようなどと考えた人間はまずいなかったはずだ。

はっ!?

ちょっと、待て。
否。
もしかしたら。
いたやもしれぬ。
それを考えた存在がだ。
そうなるように導いた存在がだ。

もしいるとしたら。
それは。
人間ではなく。
あのお方しか考えられない。

The Fox God である。

……(汗)。

とまれ。
今年の夏以降、2020年の東京オリンピックをにらみながら、向こう4年間日本に世界の注目が注がれるようになる。

今後、ベビメタは図らずして、全世界的な超ビッグイヴェントのトレンドに乗り、世界に向かって突き進んで行くことが可能なのである。

もちろん、オリンピックがベビメタにとってマスト・アイテムというわけではない。
オリンピックなど利用しなくても、世界進出を推進することに何ら支障はないわけだが、東京五輪がベビメタにとって大いなる追い風となろうことは間違いない。

ベビメタがオリンピックにタイミングを合わせたわけではない。
オリンピックがベビメタにタイミングを合わせてくれたのである。

ひとたび時流に乗った人間の勢いたるもの、実に強烈でありマッシヴである。
そう容易には手が付けられない。
誰かが止めようとしたところで、どだい無理な話であり、とても止められたものではない。
それはなぜかといえば。

今度は時流のほうが、その人間たちを容易には手放さないからである。

The Fox God のご加護を受けたベビメタは、期せずして時代の潮流、しかも世界的規模、地球的規模、全人類的規模の時流に乗った。
3人がとてつもなく強運である所以である。

(以下、その2に続く。はず)

ウェンブリーLV観戦@Zepp 〜 だけど新作まだ聴いてない


BABYMETAL ウェンブリーLV@ Zepp DiverCity 観戦 〜 僕が『Metal Resistance』をまだ聴いていない理由

※(注)これは僕の想像、空想、妄想、連想、夢想などが全開になっている作文である。したがって、自分にとってすこぶる都合の良い解釈、曲解、仮説、思い込み、ロジックの飛躍(あるいは破綻)などに満ちており、正確性や客観性、フェアなものの見方や考え方などはもとより望むべくもなく、微塵も存在しない。

僕はベビメタヲタとして失格である。
なぜなら、まだセカンドアルバムを聴いていないからだ(4月4日未明現在)。
発売から数日を経ているのに、まだなのである。

ヲタを自称するのであれば、特別先行予約とかを早々と入れて、心待ちにするのが流儀であろう。
あるいは、違法と知りつつも、発表前にリークされたネット上の音源をくまなくチェックするぐらいの気概があってもしかるべきであろう。

しかるに。
僕はそのいずれもやっていなかった。

失格なのである。
ヲタとして。
ファンとして。
つまりはメイトとして。

だが。
なぜそうしなかったのかといえば、そこにはもちろん理由がある。
確固たる。
厳然たる。

一言で言えば。

「怖かったから」

……。

あ、そこの人、笑ってますね。
ええ、ええ、笑ってやってください。
わかります。

でもね。
本当にちょっと怖かったんですよ。

何がって?

2作目のジンクス。

ってやつです。

デビュー作が素晴らしいと、2作目に対するスタッフやファンたちの期待値が高まり、一方では「名作を作らねば」というアーティスト自身の焦りもあったりするわけで。

2作目が大コケする。

こういう例は、過去、数多く存在した。

僕は心中それを恐れていた。

2010年にデビューした BABYMETAL さん。
メジャーからファーストが出たのは2014年。

ってことは、ファーストにおいては、過去5年弱の間に作られた曲の中から、選りすぐりの曲をチョイスすることができたのである。

ベビメタのファーストは「ファーストにしてベスト」っていうのがキャッチになっていた記憶があるのだけれども、まさにその通りだったわけで、過去の曲の中からベストな曲を『イイトコドリ』することができたのであり(cherry picking possible)、ファーストのクオリティの高さはそれに依拠すること大であった。

というのが僕の見立てであった。

「怖かった」というのは、このあたりに背景がある。

何せ、2作目においては、絶対的な準備期間が、1作目に比べると格段に短かった。
1作目のヒットを受けて、それに見合う、いや、それを超越する作品を作らねばならない。
事務所のプロダクションチームやレコード会社のスタッフにかかっていたであろう、大いなるプレッシャーは並大抵のものではなかったことは想像に難くない。
メンバー3人にとっても大いなるチャレンジであったはずだ。

そしてそれは受け手である僕にとっても全く無視できない案件であった。
つまり、ダイハードでハードコアなヲタを自称する(決して詐称ではないw)自分にとっても、大いなる心配のタネだったのである。

嗚呼。
もしも。
2作目がコケたらどうしよう。
Sophomore slump.
ベビメタの駄作なんて、聴きたくね〜し……。
Second season syndrome.

                        • -

んでもって。

2016年4月2日土曜。
昼間、僕は神田川沿いで花見に参加していた。
行きつけのライブハウス主催、毎年恒例の花見である。
酒を飲み、つまみをほおばる。
寒かったけど、桜は圧倒的に綺麗だった。
「今晩はベビメタのLVか……」
酒を飲みながら、美しい桜を見て、ついベビメタの3人を思い出すおっさん。
タバコの煙が目に染みる。

夕方〜夜。
そのライブハウスでのオープンマイクに参加。
また酒とおつまみ。

そして深夜。
26時過ぎ。
僕は首都高環状線(C1)内回りを快調に飛ばしていた。
土曜深夜のC1といえば、かつては華やかでド派手なチューニングカーたちがひしめき合い、カッ飛んでいたものだ。
湾岸線に行けば、PやFなど、高級外車がアウトバーンを走るかのようなスピードで流していた。
それなのに、昨今の惨状は何だ。
閑古鳥飛びまくりで、チューンドはほとんど見当たらず、僕の車1台の貸し切り状態のような箇所もあった。

閑話休題

浜崎橋ジャンクションのY字を右に進み、左車線をキープしたままレインボーブリッジに入る。
そして、レイブリの途中、『台場』で下道に降りる。
DiverCity のパーキングに車を入れ、小雨のそぼ降る中、いったん外に出て Zepp DC に向かう。
黒Tのおっさんやにーちゃん、ねーちゃんたちが視界に入り、否が応にも気分が高揚する。

xxxxx
xxxxx
xxxxx

30時半、つまりは4月3日早朝6時半過ぎ。
僕は Zepp DC 至近にあるガンダムの横で放心状態になりつつ、呆然と突っ立っていた。

汗まみれの戦国T。
口はだらしなく開き切り。
顔もだらしなくゆるみ切っていた。
に違いない。

UKはウェンブリーアリーナにおけるパフォーマンスがあまりに素晴らしく。
耳慣れない、新しい曲の数々が珠玉の出来であることを、自分のこの耳で確認したのであった。
一部の曲は、すでに幕張や横アリで聴いていたけれども。

それにしても、良かった〜。

2作目のジンクス。
Sophomore slump など、ベビメタにはまったく無縁であった。
その正体は単なるおっさんの杞憂であり、無用の長物であったのである。

ヲタ自称のくせしてベビメタが信じられなかったって、メイト失格だろ。

ええ、ええ、お言葉はごもっとも。

でもそんなそしりのお言葉も、僕にとってはもはや励みの言葉なのであるw

とにかく良かった。
2作目もとんでもない名作で。

これで心配することなく、新作「Metal Resistance」が買える。
これから向こう、少なくとも1か月間は超ヘヴィローテーションで聴き込む作品になることは確実なのであった。

ところで。
ウェンブリーでの公演が素晴らしかったことは、すでに各種SNS、メディア、ブログ、その他ありとあらゆる場所で語られまくっているので、僕ごときが今さら書く必要などなかろう。

とはいえ、自分なりに思いっ切り丸めて言えば。

ベビメタの。
とんでもない才能。
これまでの著しい成長ぶり。
これからの潜在性、つまりはまだまだ圧倒的に残っているところの。
ポテンシャル。
伸びしろ。
これらを余すところなく、ほとんど完璧に近い形で示し、証明して見せたライヴであった。

忘れてはいけないのが、マネジメントチームやプロダクションチームの優秀さ。
皆さん、第一線で活躍する、エキスパートの集まりなのである。
そして, the last but not the least、神バンドの超絶テクニック、恐るべき実力。
これらの方々、皆さんのサポートは言わずもがななのである。

そうだ、この際だからアミューズの株買おう、週明けに買おう、そうすれば今年の株主総会に出られるぜ、んでもって、ベビメタ戦略をマネジメントから直接聞けるぜ、もしかしたらベビメタの3人が来てて、握手してもらったりサインしてもらったりできるかも、やったぜベイビーとか妄想爆発させてたら、決算が3月だから、3月31日の時点で株主じゃなきゃ出席できないってことなのとか悩んだりすることしきりでしょぼんなのであった。
やっぱそうなんでしょ、たぶん。

閑話再休題。

LVにおいて。
個人的には、クロージングにおける水野さんの美しさ。
またそれにたがわぬ美声にブチ殺された。
水野さん、素敵杉。

中元さんも。
菊地さんも。
水野さんも。

そしてメイトの末端に鎮座しているオッサンも(→僕)。

まだまだ。

まだまだ。

まだまだ行くよ。
なのである。

              • -

おまけ。
てか、追伸。

巷間、良く語られている話に“ベビメタ短命説”のようなものがある。
要するに、ベビメタがベビメタでいられるのは3人がティーネイジャーであるがゆえであり、それを過ぎれば自ずと旬が過ぎ去り、解散を余儀なくされよう……みたいな話である。
これは国内だけではなく、海外のメイトの中にも色々と「分析」する向きがある。

いかにももっともらしく、理にかなったお話のように聞こえるけれども。

ふふっ。
あめ〜よ。
あせ〜よ。

そういや、過去のエントリーで、僕は書いた記憶がある。
つまり、ベビメタは案外長寿グループになって行くだろうみたいな。

ウェンブリー公演を見て、今回その感をさらに強くした。

「BABYMETAL は、将来にわたって、かなりの長寿グループになる」

それはなぜかというと。

BABYMETAL@横アリ追想、その1 〜 さくら学院重音部時代から今日(こんにち)に至るまでの集大成を見たのであった


BABYMETAL@横アリ追想、その1 〜 さくら学院重音部時代から今日(こんにち)に至るまでの集大成を見たのであった

※(注)これは僕の想像、空想、妄想、連想、夢想などが全開になっている作文である。したがって、自分にとってすこぶる都合の良い解釈、曲解、仮説、思い込み、ロジックの飛躍(あるいは破綻)などに満ちており、正確性や客観性、フェアなものの見方や考え方などはもとより望むべくもなく、微塵も存在しない。


平成27年12月13日日曜。
17時過ぎ、横浜アリーナ

BABYMETAL WORLD TOUR 2015 in JAPAN

  • THE FINAL CHAPTER OF TRILOGY -

ACT 2

BABYMETAL のライヴを観るのは半年ぶりだった。
6月の WORLD TOUR 2015 〜巨大天下一メタル武道会@幕張メッセ以来である。
その間、もちろん指をくわえて眺めていたわけではない。
黒ミサや Zepp 等々、チケットを入手すべく色々とチャンレジを繰り返してはいたのだが、キツネ様はひたすら僕に厳しかった。

半年ぶりに見るベビメタは、見違えるほどの成長を遂げていた。
かの女子3人は、モンスター級の存在になっていたのである。

今や、たとえ相手がゴジラであったとしても、SU-METAL の蹴り一発で蹴散らしてしまうことだろう。
舐めたらいかんぜよ。
あなおそろし。

それにしてもである。
長い間オアズケを喰った恩恵か。
あるいは、怪我の功名とでも言うべきかw
半年間観ることができなかったがゆえ、逆に3人の成長ぶりをしっかり認識することができたという部分が多々あり、その意味においては、キツネ様には大いに感謝すべきなのかもしれぬ。
ありがとう、キツネ様

                • -

6月の幕張以降、ベビメタには海外ツアーがあり、レディング&リーズという、超ド級の大舞台もあった。

半年。
すなわち6か月間。
すでに中年の域に達している僕自身には何の変化もなく、6月の僕も12月の僕も、何も違わない。
成長の爪あとなど、まったく見当たらず。
ただ単に半年分トシを喰っただけであるw

しかるに。
ベビメタの女子3人は違う。
「たった」半年間に、とんでもないスケールとスコープをもって、目を見張る大成長を遂げていたのである。

時流に乗った人間は怖い。
時代の波に乗った人間は恐ろしい。
自らの持つ、怖いほどの力を知らないから恐ろしい。

当人たちは至って呑気である。
可愛いのである。
美しいのである。
ニコニコしているのである。
あくまでも天真爛漫なのである。

見た目こそ麗しいとはいえ、持っているパワーはとてつもなく巨大であり、すでに怪物である。
到底手を付けられたものではない。
もはや、あの3人の勢いを止められる者などいまい。
BABYMETAL 界隈は今やとんでもないことになっているのであった。

                • -

今回のベビメタ@横アリを観て痛感したことがある。
すなわち、彼女たち3人に対する自分の認識を改めるべき時期に来ているということである。

僕が本格的に“ベビメタ命”になり始めたのは、昨年3月。
それからすぐに BAW (BABYMETAL APOCALYPSE WEB) に加入し、渋谷は O-EAST で何回かライヴを見た経験から、僕個人としては、ベビメタには小さめのハコが似合うと思っていた。

(※今となっては、にわかに信じられないことだが、ほんの1年半ぐらい前だと、O-EAST のチケットが連チャンでフツーに取れたりしていたのである。詳しくは僕の『チケット当落結果一覧』エントリーを参照されたい)

ベビメタは大きなハコで観るより、小さなハコで観たほうがイイ!
という呪縛から、今年の黒ミサや Zepp 関係の抽選にはずれたことは大変に嘆かわしく、己の不運を大いに呪ったものである。

しかしながら。
今回の横アリを観た結果として。
自分の理解と認識に、小さからぬ軌道修正を入れる時期が来たと、襟を正した次第である。

そのココロは、ベビメタはもはや決して大げさではなく堂々たるグローバルレベルのエンタテイナーであり、アリーナ、ドーム、あるいは巨大フェスのようなステージこそがふさわしいアーティストであるということだ。

かといって、別に O-EASTZepp がイクナイと言っているわけでは毛頭ない。
小さいハコには小さいハコなりの良さや楽しみがある。
それを否定するつもりはさらさらない。

それを踏まえた上でなお。
やはり今や大バコが実に似合うアーティストに成長したと、つくづく思うのである。

これはもちろん偶然ではなく、まったくもって必然であった。
さくら学院重音部における、2010年から始まった地道な活動を通して、3人は将来アーティストとして生きて行くに当たって必要となるであろう、基礎的な体力や資質を身に付けて来たのだと推測する。

いずれは“スーパーレディ”になるという、確固たる目標を達成するべく、3人はさくら学院での活動を一つ一つ大切にして来たわけで、それらの軌跡はDVDや YouTube の動画で逐一様々に確認することができる。
さくら学院イコール“成長期限定ユニット”とは、誠に言い得て妙なのである。

そして、さくら学院で学んだことをバックボーンとしながら、ギミチョコのビデオを一つのきっかけとして、去年から今年にかけ、短期間の間に驚異的な成長を遂げ、一気にブレーク、グローバルレベルでその名を広めた。

もともとがズバ抜けた才能を持っていたすう、ゆい、もあではある。
しかし、才能におごることなく、努力を惜しまず、勉強熱心でもあり。

そんな3人が国内外の大舞台を踏むプロセスにおいて、ただボーっと時間を過ごして来たとは到底考えられない。
五感を研ぎ澄ませ。
アタマと身体とをフルに使い。
スポンジが水を吸い込むような勢いで。
つまりは驚異的な吸収力で。
多くのことを広く、かつ深く学んで来たに違いない。

今回のステージでは、3人がさくら学院重音部時代から今日(こんにち)に至るまでに学んだことの集大成を。
メタルな気合をしっかりブチ込みつつ。
一方では、女子ならではのおもてなしなココロをも丁寧に織り込んで。
しっかりと披露してくれたような気がする。

まさに2015年を締めるにふさわしいステージ。

横アリのライヴがフィナーレを迎え、巨大なステージで、小柄ながらも文字通り光り輝くすう、ゆい、もあ。
その勇姿を見て、うるうるしてしまった人は少なくなかったはず。
オーディエンスはもちろん、制作チームのメンバーもきっと。

おい、客席のそこのオッサン。
泣くんぢゃない!
いや。
ウソだ。
泣け。
ここは泣いてもイイ。
心行くまで。
思い切り泣け。
涙はふくな……!

って、オレのこと言ってんの?w

ことほどさように3人の熱い気持ちが伝わって来る、実に感動的なステージであった。

良いもの見せてもらいました。
いや、本当に。

起立!
気を付け。
礼!
「ありがとうございました!」

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次回は、なぜベビメタにアリーナやドーム等の大舞台がふさわしいのか、もうちょっと掘り下げてみっぺかと思う。
その後は、僕が横アリで観た中元・水野・菊地の女子3人、それぞれの成長譚(みたいなもの)。
素晴らしき漢(おとこ)たちこと神バンドのこと。
ベビメタとメイトさんたちとの関係性。
とか、まあそのあたりの諸々を、想像と夢想と妄想で暴走しつつ。
ぽっつらぽつらと作文してみたい。

映画『バクマン。』を観た

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バクマン。』という映画を見た。2度も(笑)。

 

マンガを題材にした作品ではあるが、同じ『表現行為』という点からは、音楽と実に大いに重なる部分があり、2時間×2回、ほとんどかぶり付きで見てしまった。

「マンガは読者がいてこそマンガとして成り立つ」というセリフには少々、いや、かな~り耳が痛かった(苦笑)。

 

音楽もしかり。
ライヴであれCD/DVDであれ、カヴァーであれオリジナルであれ、やはり『聴いてくれる人』がいてこそ、音楽として成立するという部分は否めないと思うわけで。

 

その点、『自称・ミュージシャン』(笑)である僕が企画ライヴなどに出演する場合、毎回苦労するのは、何といっても動員なのである。

友人、知人関係に声をかけ、オーディエンスとして来てもらうとしても、せいぜい3回ぐらいまでが限度。
仏の顔も3度まで……みたいな(笑)。

お声掛けするにしても、あまりに程度の低いパフォーマンスであったりすれば、カネと時間の浪費をさせてしまうことにも成りかねないわけで、このあたりがなかなか難しい。

 

そんな僕にとって、オープンマイクだとか練習会だとか発表会だとかは、大変に貴重な機会となる。

何せオーディエンスがいてくれる上、さらにはその方々は皆、音楽をやられる方々であるが故、その場でエクスパート的な感想が聞けたり、貴重なフィードバックやアドバイスを頂けたりする。

他の方々の歌や演奏を見聴きすることもできる。

 

この映画「バクマン。」、音楽とは直接的なつながりはないものの、「モノをクリエイトして人様に提供する」ひるがえって「芸事を人様の前で披露させていただく」とはどういうことなのか、何が重要で何をするべきなのか等を考えさせてくれる、なかなかに有意義かつ貴重な作品。

 

映画としての作り込みも、実にしっかりしているので、単純に映画作品としても楽しめる。